So-net無料ブログ作成

1998秋の旅(13&帰国) [1998秋フランス中部ロマネスクの旅]

10/26(月)

 この日はパリの美術館巡りで、友人が未訪問のモロー美術館とピカソ美術館へ。私は4年ぶりの再訪でした。

☆モロー美術館(2)   前回は目立つところに立てかけられていた「廃墟に佇むヘレネ」ですが、今回は見当たらず、そのまま見過ごしてしまいました。代わりに気をとられたのがサロメを題材にした「出現」です。洗礼者ヨハネの首が宙に浮ぶ有名な作品です。厚く塗られた絵の具の上に寺院のアーチや柱頭彫刻の線描がほどこされています。そのなかに見覚えが・・・この数日前に観たモアサックの回廊にあった頭が獅子、体が鷲のグリフォンのあの柱頭彫刻に似ているです。ロマネスクのオリエンタルな幻想とモローの神秘的な世界がたとえようもなく美しい調和をみせていました。 

↓「ヘロデ王の前で踊るサロメ」1875頃 92×60(絵葉書) 画面全体にグロテスク文様の線描が施されているために別名「刺青のサロメ」と呼ばれています

10.25-6.jpeg

↓「サロメ」素描 1876 60×36(絵葉書)

10.25-7.jpeg

↓モローの居間(絵葉書)

10.25-2.jpeg

☆ピカソ美術館(2)  マレのピカソ美術館は門のところまで長い列・・・特別展を開催中でした。N.Yのメトロポリタン美術館から「盲人の食事」や「ひじをつくアルルカン」などの青の時代の傑作が来ていたのです。N.Yへは行ったことがありませんし、メトロポリタン美術館も未訪問ですから、ここでまとまって鑑賞できたのはラッキーでした。この近辺はショップも増えて人の波・・・4年前の静けさが嘘のような、すっかり様変わりしたマレに驚きました。

↓「盲人の食事」1903 95.3×94.6(メトロポリタン美術館から)

10.25-3.jpeg

↓ 「マネによる草上の昼食」1960 130×195(パリ・ピカソ美術館収蔵)

10.25-5.jpeg 

 常設展も鑑賞しましたが、ピカソは多作なので展示替えもあり、初回観たもので再見したかったものがなかったり・・・友人と一緒の鑑賞も思うように動けず、疲れました。昼食は両替のためオペラ座まで行き、近くのビストロで生牡蠣や羊のソテーなどいただきました。サン・ジェルマン・デ・プレの宿で休憩後、近くのサン・シュルピス教会へ。ここにはドラクロワの壁画で飾られた礼拝堂があります。1849~61年にかけて、病身をおして完成させた19世紀宗教画の傑作です。特に「ヤコブと天使の闘い」の今そこに行われているような躍動感と輝かしい色彩に見とれました。秋の夕方、すでに日は沈みつつあり暗くなってきました。淡く差し込む夕陽の礼拝堂での鑑賞でした。電気を点けて観ることもできます。

↓「ヤコブと天使の闘い」(Wikiの画像を拝借)

tatakai130909.jpg

サン・シュルピス教会の付近はお洒落なブティックやカフェのほかに門前町の名残でしょうか、2、3軒のカソリック関連のお土産屋さんがあり、クリスマスの生誕場面の飾りを購入しました。その時気が付いたのですが、聖家族の傍に若い男が寝そべっている飾りがいくつかありました。店員さんに尋ねたのですが、返ってくる言葉が理解できません・・・後から判明したのですが、「ヤコブの夢」を表していたのです。こういう形のオーナメントはこのお店だけだったのかしら・・・ヤコブのついたものを購入してくれば良かったです。この後のヨーロッパの旅で見かけることはありませんでしたから。時代の流れでしょうかサン・シュルピス教会付近にはこういったお土産屋さんはもう見当たりません。Googleで確認しましたが、アニエス・ベーに変わっていました。

 明日は帰国です。旅の最後の夕食はホテルおすすめのレストランで。少々重めのフレンチでしたが(量も多い)、フルコースをいただきました。旅の途中でやや体調を崩した時もあり、友人には心配をおかけしましたが、何とか無事に旅が終わりそうと祝杯をあげ、巡ってきたロマネスクの教会の話で楽しく夜が更けました。徒歩5分ほどのホテルに戻り、スーツケースの整理をして就寝。

↓2泊したマディソンホテルの部屋

10.25-4.jpeg

10/27(火) パリCDG→アムステルダム→札幌

 KLMの直行便で札幌に帰りました(現在は就航されていません)。ツアーでしたが初めてロマネスクの教会を訪ねる旅に参加し、次はロマネスク巡りには欠かせない王道のブルゴーニュ地方へ行きたいという想いが強くなりました。山を越え、谷間を走り、フランスの田舎の美しさに初めて触れた旅。。。この後の旅の主なテーマになりました。

札幌に到着してゲートから出ましたら、TVの取材班が。。。逃げる間もなく寝ぼけ顔が(しかも化粧もはげた)カメラに映ってしまったのです。KLMの名古屋ー札幌ーアムステルダムの就航1周年の日でした。行き先とか聞かれましたが、夕方の地元のニュースですし、誰も見ていないと思っていたのですが、まもなくM市に住む姪から電話。。。(恥)KLMの直行便はヨーロッパへの旅で何度か利用しました。たった5年で終わってしまい残念です。(終)


nice!(0)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:旅行

nice! 0

コメント 3

alice

ちょこちょこ自分のHP(何年も更新していません)から、記事を拾いながら、なんとか初めてのロマネスク教会を巡る旅を終えることができました。なるべく1998年当時のフレッシュな気持ちに返って記したつもりですが・・・やはり17年もの歳月は忘れたことも多々でした。そして時代の流れも大きく、現在の教会(Google Mapで確認)や周辺も整備され、悪く言えば観光化されたところ。反対に周辺の街や村の道筋はシャッターの閉まった店が多く、地方の寂れた現実(日本も同様ですが)は目を覆うばかり・・・。
次回は1999春のシリア、ヨルダンの旅をアップ予定なのですが、当時は想像もできなかったシリア内乱とISイスラム国の台頭という戦乱のさなかにあります。せめて、平和を願いつつ楽しく有意義だった旅を辿ってみたいと思います。
by alice (2016-02-19 15:30) 

yk

貴ブログ(4)をひらいて更新されていないな、と思いつつふと思いついて こちらを開いてみたら、ここに過去のご旅行を記録されていらしたのですね。 
そうしてビックリ W社の「フランス中部ロマネスクの旅」私も行ったことがあるのです。95年夏です。コースは殆ど同じ、少しかわった(充実?)した、と思ったのはペリグーにいらしてること。シェイズ・デューが入ってること(ここはお友達になった方三人とタクシーでクレルモンフェランから行きましたがその時回ったラヴォデュー女子修道院の方がよかったですよ)シャトーホテルも同じみたい。アルビ二泊ではなくトゥルーズに泊まりましたが、アウグスティヌス美術館はやはり入る予定はなくおトイレ拝借のおりチラッとみただけ。ル・ピュイも回廊にははいりませんでした。猛烈に腹がたったのでその後7年間この会社を利用するのはやめたほど。母と一緒の時は三連泊が多い、お食事もホテルも良いなどその後は時にお願いしてはいます。Romanesqueにこだわらない普通旅にはやはりこの会社は お薦めですよね。ロマネスクはやはり、朝日、ユーラシアに軍配があがります。
そういうわけで懐かしく拝見。私も整理しようかしら。でも昔のフィルム写真は取込が面倒で、、。 よくがんばっていらっしゃいますね。 
  
by yk (2016-03-09 08:40) 

alice

YKさま   アルバムの整理を兼ねてシリア・ヨルダンの旅をアップしています。YKさまの旅日記を時々覗いて、参考にさせていただいています。フィルム写真は1999年の夏(シリア・ヨルダンの後)で終わりますので、なんとか、スキャンしながら奮闘しています。中東の情勢はたかが十数年のうちにひどい状態になってしまい、シリアの遺跡の被害の大きさは目を覆うばかりです。特にパルミラのベル神殿は跡形もなく消えてしまいました。楽しい旅の思い出を綴りながら、胸を痛める日々が続きました。
ロマネスクの旅はツアーでは1998年のW社と2009年のM社の講師同行ツアーの2回だけで、他はすべてフリーで回りました。そろそろ行くのが困難なところはツアーで楽したいな~と思っているうちに、夫の体調が良くなく、家で見守り状態になっています。
by alice (2016-03-11 23:47) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0