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1997夏の旅(10-2&11.12)ヴェネツィア&帰国 [1997夏ザルツブルクとヴェローナ夏の音楽祭の旅]

~続きです。

↓水上バスからのアカデミア橋

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 ヴェネツィアの美術散策で欠かせないところはまだまだあります。ヴァポレットと呼ばれる水上バスに乗ってSan Toma駅で降りサン・ロッコ広場へ。この広場にはサン・ロッコ同信会と隣接したフラーリ広場にサンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ教会があります。まずはフラーリ広場に面したレストランで昼食をとり、目の前の教会へ。

☆サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリBasilica di Santa Maria Gloriosa dei Frari教会

 通常は縮めてフラーリ教会と呼ばれている14世紀に完成したレンガ造りの聖堂。イタリアンゴシック様式。ここにはティツィアーノの大きな「聖母被昇天」の祭壇画があります。大胆でドラマティックな構図と明暗の対比はこの100年後に現れるバロックの先駆としても知られています。カメラ禁止のためすべて絵葉書です。

↓ティツィアーノの「聖母被昇天」の祭壇画(1516-18)690×360

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↓主祭壇に飾られた「聖母被昇天」

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↓ジョヴァンニ・ベッリーニ「フラーリ三連祭壇画」のうちの中央部分「玉座の聖母子と2人の奏楽の天使」。弟子のジョルジョーネの影響も指摘されるという色彩や空間表現が見事ですし、何よりも奏楽の天使が可愛い!

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↓彫刻家アントニオ・カノーヴァ(1757~1822)の墓碑

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 ☆サン・ロッコ同信会Scuola Grande di San Rocco(初)

 ルネッサンス様式の建物に1564から87年にかけて装飾を担当したのがティントレットです。主題はキリストとマリアの生涯、旧約聖書の諸場面、聖ロクスの物語など。弟子の手を借りずにほとんど自ら描いているというティントレットの代表的作品群。内部は暗いうえに2階にも気がつかず、この時は1階広間の「聖母の生涯」だけの鑑賞で終わりました。(2年後に再訪しています)

↓ティントレットTintoretto(1518~94)「受胎告知」425×545  動的でドラマティックな画風。室内に連なって飛びこむような天使たちと驚く聖母。日常の生活も細やかに、床の市松模様も印象的。

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↓同じくティントレットの「エジプトへの逃避」422×544

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 水上バスでリアルト橋まで。お土産を買ったり、フェニーチェ広場に寄ったり(劇場はまだ再建中)

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そして、夏の期間は夜までオープンしているコッレール美術館へ。

☆市立コッレール美術館 Museo Civico Correr(初)

 サン・マルコ聖堂から広場をまっすぐ横断して突き当たりの建物、新行政館に美術館の垂れ幕が上部に掲げられているのが見えて、美術館とわかりました。階段を上った2階が思いがけず広い展示室になっていました。お目当ては

カルパッチョの謎の傑作「二人のヴェネツァ婦人」(1490頃)94×64です。洗浄したばかりでしょうか油絵の具の輝きが美しく、やっぱり本物は凄いなと見とれました。モデルは高級娼婦?とか、婦人たちの視線の先は?とか、ミステリアスな図像は見る人を否応なく惹き付けます。良く観ますとヴェニスの館のベランダの欄干のその左上に花瓶が置かれています。この花の部分から上が切断されていて、ほかの絵がこの上部に描かれていたと知ったのは、コレッルを訪れた後のことでした。(1998.2「芸術新潮ポール・ゲッティ美術館の特集)画像はNetから拝借。

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 その他、なんたって凄いのはトゥーラの「ピエタ」(絵葉書)です。フェッラーラの大聖堂の二階で初めてトゥーラを見てからやみつき(笑)になった個性的なフェッラーラ派の絵画。ギクシャクした死後硬直タイプの死せるキリスト・・・言葉なく見つめるのみ。
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↓ジョヴァンニ・ベッリーニの「ピエタ」(2人に天使に支えられる死せるキリスト)

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かなり傷んではいますがアントネッロ・ダ・メッシーナの「ピエタ」(3天使を伴う)。最後にこれら3枚のそれぞれ個性的なピエタを観ることができ幸せ気分。そして、さきほどのフラーリ教会に置かれていたピラミッド型の記念碑のカノーヴァ作の「ヴィーナス」。美し過ぎる~!

 旅の最後の夕食はアカデミア橋に近いレストランのテラスで。

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↓アカデミア橋から

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9/1~2

 昨日は一日歩き回って、さすがに疲れてしまいました。何度かツアーの旅をしましたが、寝坊して朝のスーツケースを出し忘れたのはこの時だけ。。。めちゃくちゃスーツケースに詰め込んで、セーフ!あれほど慌てたことはありません。

朝早い出発でした。ロビーに行きますと、なにやらホテルの従業員たちまでひそひそと奇妙な雰囲気です。どうやらイギリスのダイアナ妃が亡くなったということでした。詳細は分からないままにミラノ・リナーテ~ロンドンへ。ヒースロー空港で「ダイアナ妃の交通事故死」の号外を手に入れ読んだのですが、パパラッチPaparazziという見慣れない言葉がでてきて、個人の名前でもなさそうですし・・・戸惑いました。それまで耳にしたことがなかったのです。帰国して日本のニュースでようやく理解できました。

 12日間留守にしていた我が家に帰ってきました。夫の母も久しぶりに娘(夫の姉)と過ごせて、きっと幸せな時間を過ごしたはずと、お土産を手に早速隣家へ。しかし母娘といえども、2週間一緒に過ごすのはなかなか難しいものだったようです。それぞれの主婦歴も長く、家事のやり方も違うので・・・。「○○子さん(私のこと)、もう○○子(義姉)には留守を頼まないでね」、この一言でしばらくは旅に出られそうもなく、暗い気持ちに・・・ああ~なんとかしなくちゃ、負けてはいられませんです(笑)。

↓おみやげはほとんど最後のヴェネツィアで買ったものです。ヴェネツィアの特産絹のプリーツのクッションカバーはまだ現役です。

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コメント 1

alice

初めてオペラ鑑賞を目的に旅をしたときの記録です。オーストリアのザルツブルクやインスブルックはともかく、南下してイタリアに入った途端、風景も美術もぐんと見所が多く、改めてイタリアの魅力に参ってしまいました。
翌年は次女も大学卒業し、就職も決まっていました。学費からも解放されますし・・・ああイタリア~☆。でもそう簡単に事が運ばないのは世の常ですわね。
by alice (2015-12-02 01:21) 

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